「試合は2週間後だ!!それまでせいぜいトレーニングして自分の技を磨いておくことだ!!」


 あの日、会長に連れられて試合場を見たあと、連れて行かれたホテルの部屋で私達が軟禁状態になってから、ちょうど10日過ぎた。
 軟禁状態と言っても、会長が用意したこの部屋は、普通の日常生活を送るのに必要なものは全て揃えられているし、毎日の食事もルームサービスで好きなものを好きなだけ注文することができる。
 もちろん食べた後の食器の片付けや、部屋の掃除などをする必要など無い。一切の外出が禁止されていることを除けば(むろんこの天才がその気になれば、ドアロックを解除するなど造作も無いのだが)実に快適な生活をおくることができた。

 唯一の悩みは部屋に監視カメラが仕掛けられていることだ。
 会長があれだけトーナメント出場者の中に極悪宇宙人が紛れ込んでいないか警戒していたことを思えば当然の処置であり、さすがにバスルームやトイレには仕掛けられていないのだが、ほぼ一日中、自分の様子がカメラで映されていると思うと、どうも落ち着かない。
 それでも「トーナメント出場者は50万人もいるのだから、何か不審な行動をとっていない限り、監視役は出場者の行動全てをチェックしているわけではない」と自分に言い聞かせ、そうしながら数日ここで過ごすうちに監視カメラの存在にも慣れてきたのだ。
 しかし、せっかく慣れたというのに、昨日から私の行動が細かくチェックされるようになってしまった。そして、今まさにモニター越しに見られているところなのである。

 監視カメラの存在は監視される側、つまりトーナメント出場者に知らされてはいない。だから殆どのヒーロー達は自分が監視されていることになど気付かず、普通に過ごしているだろう。
 私同様に気付く者はカメラの存在に気付いているだろうが、彼らも一昨日までの自分のように監視カメラの存在に慣れていることだろう。
 しかし監視カメラ越しに『今』自分が見られているかどうかなど、この天才にしか判らない。こういう、『別に判りたくもないのに判ってしまった』ときは自分の天才ぶりが疎ましく感じるが仕方ない。普通の人間が努力しても絶対できないことや判らないことを、何の苦労もせず生まれつきの才能だけで、できたり判ったりするからこそ『天才』なのだ。

 実を言うと天才だからなぜ自分が監視されているのか、どうすればその監視から開放されるのかは判っている。私が『あること』をしさえすれば監視から開放されるのだが、私はそれをしたくなかったし、絶対にするわけにはいかなかった。
 いっそカメラを壊すか、カメラの目が届かない所で一日を過ごしてやろうかとも思ったが、そんなことをすれば会長が言うところの「紛れ込んだ奴」と誤解されかねない。
 天才のくせに現在の状況に何の解決法も見出せぬまま、酒の力を借りて1日中寝ているというのが、情けないが私の現状だった。



「天才マンの様子はどうだ」
 一方その頃、モニター室ではヒーロー協会会長こと、超ウルトラ必殺スペシャルマンとトーナメント出場者に極悪宇宙人が紛れ込んでいないかモニターで監視してるマンが話していた。

「昨日と同じです会長。何もしてません」
 そう言うと監視マンはキャスター付きのイスごと50センチ程度右に移動し、天才マンの部屋が移っているモニター画面の真正面の位置を会長に明け渡す。
「いえ、昨日と同じではなく……むしろ昨日より悪くなっているかもしれませんね。今日彼が起きたのは午後2時を回ってからですし、それからもまともに起きていたのは食事のときぐらいで、後はずっとあんな感じです」
 確かに、監視マンが指差したモニターにはソファーに仰向けで寝転がり、顔の上でクッションを抱きかかえた天才マンの姿が映っている。会長はしばらくその映像を眺めたのち、テーブルの上に並んだ空のボトルを指差した。
「これ、もしかして全部酒か?」
「はい。ルームサービスの注文受け付けマンによると、すべて昨日の朝食時に持ってくるよう言われたそうです。 今まで彼が注文したもののリストを見ますと……私が彼の監視をするようになってから、急に飲酒量が増えたようですね。 ついでに言いますと初日以降、朝食は正午に用意するよう指定されています」
「で、こいつは晩何時に寝てんだ?」
 あきれながら会長は監視マンに尋ねる。
「日によってばらつきがありますが、遅くて10時、早いと8時くらいです。それと、あくまで私の印象ですが、昼寝は今日に限らず、始めの頃からよくしていたと思います」
 会長はそれを聞いて大きくため息をつき、もう我慢ならんといった口調で、天才マンの部屋とモニター室の通信回線をつなぐよう、監視マンに命じた。



「つなぎました」
「うむ」
 そう頷くと会長は大きく息を吸い、己の怒りの全てを込めてマイクに向かって怒鳴りつけた。
「こらーー!! 何をしてる天才マン!」
「!!!」
 途端、ソファーに寝転んでいた天才マンは跳ね起き、目を思い切り見開いてキョロキョロと辺りを見回す。そして、自分の部屋に備え付けられた大きなテレビ画面に会長の姿が映っていることに気付くと、そこに視線を固定し、呆けた声でつぶやいた。
「……あ、会長」
「『あ、会長』じゃない! わしが最初にトレーニングして自分の技を磨いておけと言ったのを忘れたのか! このトーナメントを甘くみるんじゃない天才マン!」
 部屋に響きわたる会長の怒声に対し、天才マンは耳をふさいで訴える。
「会長、余り大きな声を出さないでください! 監視マンに自分の行動をいちいちチェックされているせいで、頭が痛くてたまらないんです」
「ばかもーん! 頭が痛いのは単に二日酔いなだけだろーが!」
 だがその訴えは会長の神経を逆撫でる効果しかなく、天才マンは再度怒鳴られる結果となった。そして先ほど以上の痛みに脳天を走りぬけられたことで天才マンもぶち切れたらしく、絶叫と言っていいほどの声量で画面に映る会長に向かって怒鳴り返す。
「うるせーー!! 余りでかい声を出すなと言ってるだろ、このハゲ! てめーが私の監視体制を強化させたせいで、天才的に繊細な私は酒でも飲んでなきゃ、おちおち昼寝もできねーんだよ!」

「ハゲにむかってハゲって言うなー!! 自己中なへ理屈かましおって! だいたいトレーニングしろっつったのに何昼寝ばっかりしてんだお前はー! 同じことを2回も3回も言わせるなー! それと自分で自分を繊細とか言うな! 何でもかんでも『天才的』とつけりゃいいってもんじゃねーっ! ちょっと自分がひしょ香君から好かれてるからって調子に乗るな、このナルシスト!
 とにかく今はわしの話を黙って聞けーー!!!」

「――!!!」

自分で出した絶叫声でダメージを受けた直後に連続でまくしたてられ、天才マンは声にならない悲鳴をあげて耳と頭を抱えて床にうずくまり、会長も息継ぎ無しで一気に言い切ったせいか、呼吸困難かと思うほどゼイゼイと喘いでいる。
 経過はどうあれ、ようやく二人の言い合いが終結したので監視マンは胸を撫で下ろした。



「それで、話とはなんでしょう?」
 互いの状態が整ったのを確認してから、天才マンはテレビ画面に映る会長に話し掛ける。
「うむ。では単刀直入に言うぞ。10日前に試合場を見に行ったとき、わしはお前達にこのトーナメントは今までのトーナメントより遥かに規模が大きいと。そして各自自主トレーニングを積むように言ったな。
 だが、お前はこの10日の間、何の努力もしなかった。なぜだ?」
「ふっ、天才ですから」
 いつになく厳しい語調で話す会長に対し、天才マンは目を伏せながら前髪をかき上げるという、いつも通りのポーズで返答する。
「天才マン! このトーナメントを甘く見るなと何度言わせるつもりだ! お前が昔ヒーロー協会にいた頃と何もかも同じと思うな!」
 天才マンの返答を聞いた会長は額に青筋を浮かべて怒鳴る。また先ほどのような怒鳴り合いが開始されるのではと監視マンは肝を冷やしたが、怒鳴られた天才マンは顔を苦痛に歪めただけで、すぐに平静な様子で答えた。
「判っています。ラッキーマンを始め、努力マンや友情マン。それとこのトーナメントの出場者達も含め、私が認定証を手にした頃より、実力のあるヒーローが揃っているということは。正直、この天才の頭脳をもってしても、誰が1位になるのか判りません」
「そこまで判っていてなぜ努力しない」
 会長は天才マンの予想外な態度に拍子抜けし。なおさら判らないといった調子でたずねた。
「……会長。あくまで例えばの話ですよ」
「何だいきなり」
「いいから聞いてください。もし飲むだけで何の副作用もなく強くなれる薬が開発されたとしましょう。その時会長は努力マンに『これを飲めば努力しなくても強くなれるから、もう努力しなくてもいい』とおっしゃいますか?」
 そこまで言うと、天才マンは伏せていた目を開き、会長の目を見据え返答を待つ。しばらくの沈黙の後、会長は口を開き、重い声を出した。
「……言わんだろうな。それに努力マンがそんな薬を飲むはずがない。あくまで努力して身に付けた力で戦うことを選ぶだろう」
 そう、500年前ブラックホールの中に消えた親友もそんな男だった。
「私も同じです。あくまで生まれつき持っている能力だけで勝たないと意味が無い。何の苦労もせず、すべてを知り、すべてを持っているヒーロー。それが天才マンです」
「…………」
 再び沈黙。そして先ほどまでとは違う、普段通りの語調で会長は言った。
「そうか、判った。できないことをやらせようとして悪かったな」
「ふっ、判ってくだされば結構です」
 天才マンもそこで肩の力を抜き、髪をかき上げる。
「でも余りダラダラ過ごすなよ。せめて朝は10時前に起きるようにしろ。ラッキーマンでも、もうちょっとマシな生活してるぞ」
「……はい」
「判ればよろしい。健闘を祈るぞ」
 そこで通信回線を閉じようとし、やめる。
「天才マン」
「なんですか?」
「最後に一つだけ聞くぞ。もし、才能だけではヒーロー協会のトップにいれなくなったときはどうする?」
「!」
 天才マンはほんの一瞬だけ目を見開いたが、すぐに目を伏せ、前髪をかき上げながら答えた。
「……ふっ。そのときは凡才マンとでも改名しますよ」
 それを聞いた会長は満足そうにうなづく。
「うむ。お前がそこまで覚悟を決めているというなら、わしはもう何も言わん」
 そう言うと会長は今度こそ二つの部屋をつないでいた回線を切った。



「…………」
 部屋のテレビから会長の姿が消えるのを見届けた後、私は大きく息を吐いてソファーに倒れこむ。
(凡才マンか……)
 心の中でそうつぶやく。
 会長にはああ言ったが、実際のところ覚悟ができているとは言いがたい。もし本当に会長の言った通りになったのなら、おそらくトップから転落する前に私はヒーロー協会。いや、私を知るすべての者の前から消えているだろう。

(もし万が一、1回戦で敗退などということになったら……)
 トーナメントの組み合わせしだいでは十分にありえる。この部屋に入れられてから今まで、自分が負けたときのことは考えないようにしていたのだが、先程の会長との会話が引き金となり、もうこれ以上無視し続けることはできなかった。

(トーナメント開始まであと4日ある。どうする? 今からトレーニングでもするか? 短期間とはいえ、全く何もしないよりはマシかもしれない。 いや、何を考えているんだ私は。天才として生まれ持った能力だけで勝ち抜くと、さっき会長に宣言したばかりじゃないか。
 だが今の私の力では、絶対に優勝できると言い切れない……。 私は才能だけでこのトーナメントを勝ち抜いて、そしてこれから一生何の努力もしないまま、すべての分野でトップの座を守らなくてはならない。はたしてそれができるだろうか?)
 一度考え出すと止まらない。今まで目を背けていた反動か、悪い考えが次々と頭に浮かぶ。終いには「会長が2週間の自主トレ期間など設けず、試合場を見に行った日に試合を始めてくれていたら、こんな事で悩まなくて済んだのに」と、会長に責任転嫁する始末だった。

 昔はこんな風に自分の能力に不安を抱いたことなど無かった。そもそも、自分がトップから転落するなど有り得ないと思っていた。自分は生まれつき誰よりも優れていると信じていたし、実際才能だけですべてのトップに立ってこれていたのだから。
 だが今は違う。ラッキーマンに負け、世直しマンには全く歯が立たず、自分より優れた者がいるという事実を思い知らされてしまっている。
 それに気付いてしまったのだ。私以外のヒーローは皆、自分の能力を高めるため何らかの努力をしている。このまま何もせずにいたら今はまだ私より格下の者達も、いつの日か私を追い越してしまうのではないだろうか?
(もし、そうなったら私は終わりだ。私には努力してトップに返り咲くという選択肢は無い)

「嫌だ……」
 そう考えた瞬間、急激に目頭が熱くなり、目の前がにじんで見えなくなる。私は右手で両目を覆いながら、駄々をこねる子どものように首を左右に振りながら叫んだ。
「嫌だ! それだけは絶対に嫌だ! 今更、凡才マンとして生きていくなんてできるわけがない! だからといってトップの座を守るために努力するのも嫌だ! そんなことをしたら、私が私でなくなってしまう! 努力するぐらいなら死んだ方がマシだ!!」

 じゃあ、今すぐ自殺でもするか?
 自問して、即座に否定する。
(冗談じゃない。別にトーナメントで負けると決まったわけでも、誰かに追い越されたわけでもないのに、何で死なないといけないんだ? それ以前に私はまだ死にたくないし、負ける気なんか更更無いぞ)
 私は急に冷静になり、目をこすりながら身を起こした。
「………………ふっ、バカバカしい」
 真正面から見つめて考えてみれば、驚くほどあっさりと答えは出た。会長に問われてから答えを出すまで、せいぜい5分程度しかかかっていない。そもそも最初から出せる答えは一つしか無かったというのに。
「何をウジウジ悩んでいたんだ私は」
 意識して声に出して言い、自分の服に描かれた胸のマークに手を当てる。
 そう、何の努力もせず、才能だけでトップに立ってこそ天才マンなのだ。「今持っている能力では勝てそうにないから努力します」なんて、どの面下げて言えというのか。
 例えその先にどんな結末が待っていようと、自分の生き方を曲げる気は無い。
「……っと」
 私は立ち上がり、両腕を上げて思い切り伸びをした。その次は脚で。

 それにしても、随分つまらないことで思い悩んでいたものだ。こんな事では到底あの男に勝てはしない。
 右肩をグリグリ回しながら考える。色々なことに気を取られて忘れてしまっていたが、このトーナメントで私達は初めて何の遠慮も邪魔もなく、本気で戦うことができるのだ。
 奴の姿を想像した次の瞬間、私の全身は総毛立った。無論恐怖や寒さのためではない。期待と興奮で胸が踊り、それと同時に「絶対負けたくない」という強い気持ちが湧き上がってくる。
 純粋に能力だけを見れば天才の私の方が上としても、こと精神的な面となると私は奴より遥かに劣っている。悔しいがそれが事実である以上、来るかどうか判らない『いつか』に怯えている余裕などない。第一、勝負する前から負けた時の事ばかり考えていては、出る力も出ないだろう。
 身体の各部位を順番にほぐしていくと、ここ最近まともに動いていなかったせいか、間接が面白いくらいコキコキと鳴った。
 トーナメント開始まであと4日。それまでに私がすべきことは自分の実力を充分発揮できるよう体調と精神を整えることだ。何か特別なことをする必要など無い。いつも通り、ここに連れてこられる前と同じように過ごせばいい。

 大丈夫。私は天才なのだ。例え相手が誰であろうと負けはしない。ラッキーマンのラッキーも世直しマンの力も、あいつの勝利への執念も、すべて才能でねじ伏せてみせる。いつかなんて日はこの天才の名にかけて、永遠に訪れさせはしない。
「ふっ」
 身体をほぐし終えて私は髪をかきあげながら小さく笑う。
 「この天才に勝てるかな?」
 そしてこれから先に対峙する全てのライバル達にむかい、そうつぶやいた。


 −END−

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 天才マンの天才としてのプライドを書くつもりだったのに、いざやってみると天才がなんかヘタレていて、微妙にタイトルにそぐわないものになってしまった気が。
 何が書きたかったかというと、ヒーローたるもの自分の信条に命をかけろと。要するに天才マンを名乗る以上、「努力する必要が無いからしなかった」というあやふやな気持ちではなく、「努力するぐらいなら死んでやる」くらいの覚悟があって欲しいってだけなんですが。
 あと天才マンがやたらグウタラなのは私の勝手なイメージのせいです。

04/1/13。最後辺りを修正、加筆。

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